2011/11/25

戦略「脳」を鍛える BCG流戦略発想の技術 / 御立尚資


戦略「脳」を鍛える」を読みました。

「ボスコン」の愛称(?)で知られる世界的に有名な経営コンサルティング会社「ボストン・コンサルティング・グループ」。その日本代表を務める御立尚資さんが書かれた「戦略思考」本がこの「戦略「脳」を鍛える」です。2003年に出版されました。

この本は、「戦略論がわかる」と「実際に効果的な戦略が立てられる」との間に横たわる、ものすごーーーく大きなギャップを埋めるために読む本。いわば、戦略の「わかる」を「できる」に変えるためのヒント本です。

目次
はじめに
第1章 インサイトが戦略に命を吹き込む
第2章 思考の「スピード」を上げる
第3章 三種類のレンズで発想力を身につける
第4章 インサイトを生み出す「頭の使い方」を体験する
第5章 チーム力でインサイトを生み出す
おわりに

本書のエッセンスを、著者が使っているのとはまた別のキーワードを使ってまとめてみました。以下、6点です。

#1 戦略論を学んだだけでは、いい戦略は作れない。

この本のおおもととなった問題意識は、「戦略論を学んでも、いい戦略が立てられるようにはならない」というもの。これは戦略論を学んでもムダだということではありません。「戦略論を学ぶことは大事だけど、それだけではダメ。戦略論プラス、ほかの何かが必要だ」ということです。
戦略論を学ぶのは非常に大事なことだが、これらの知識だけでは、ユニークで勝てる戦略を構築できるようにはならない。戦略論の知識があることと、勝てる戦略を構築できることの間には大きな隔たりがある

#2 「いい戦略が作れる」と「戦略論がわかる」の間のギャップを埋めるのが「インサイト」。

いい戦略を立てるために必要な戦略論以外の何か。それを本書では、「インサイト」と呼んでいます。ボストン・コンサルティング・グループのなかでも通称インサイトで通っているそうです。
このギャップを埋めるものは、戦略論という定石を知ったうえで、新たな戦い方をつくり上げるプラスアルファの能力である。
ギャップを埋めるプラスアルファの能力を、BCGのコンサルタントは「インサイト」と呼ぶ

#3 インサイトとは、リアルな場での戦略を構築するための「頭の使い方」。

インサイトとは、要は「頭の使い方」。
「インサイト」とは、「勝てる戦略の構築に必要な“頭の使い方”、ならびにその結果として得られる“ユニークな視座”」のことである。

#4 インサイトの要素は、1)フレームワーク、2)視点、3)グラフ思考、4)仮説PDCA。

インサイトのモトになるのが、フレームワーク、視点、グラフ思考、仮説PDCAといった要素です。本書では別の表現を使って説明していますが、私なりにここを噛み砕いてみます。

1)フレームワーク
ビジネスを分析するときに使える考え方の枠組み。社会やビジネスによく見られる現象や要素間の関係をキーワードでまとめてパターン化したものです。

それはちょうど、数学の定理に似ています。
定理の証明のような論理積み上げなしに、短い時間で思考を進めていくことができるのだ。

本書では、コスト系、顧客系、構造系、競争パターン系、組織能力系と、5つの切り口から合計12コのフレームワークが取り上げられています。

■コスト系のコンセプトワード
スケールカーブ 経験曲線 コストビヘイビア

■顧客系のコンセプトワード
セグメンテーション スイッチングコスト、ロイヤリティ、ブランド

■構造系のコンセプトワード
V字カーブ アドバンテージ・マトリクス デコンストラクション

■競争パターン系のコンセプトワード
ファースト・ムーバー・アドバンテージ(先行利益) プリエンティプティブ・アタック(先制攻撃)

■組織能力系のコンセプトワード
タイムベース競争 組織学習、ナレッジマネジメント

2)視点
仮説を構築するとき、検証するときに有効な着眼点。これもフレームワークとよく似ています。

■拡散レンズ
ホワイトスペースを活用する バリューチェーンを広げる 進化論で考える

■フォーカスレンズ
ユーザーになりきる テコを効かせる ツボを押さえる

■ヒネリレンズ
逆バリする 特異点を探す アナロジーで考える

3)グラフ思考
図、その中でも特に数字付きの「グラフ」で考えるというアプローチ

グラフで考えることには、言葉で考えると複雑なことも右脳の力でうまく処理できるようになる、数字付きなので裏付けも強い、といったメリットがあります。
目の前の事象をグラフ化して右脳でビジュアル的にとらえることが有効になってくる。グラフ化すると複雑な事象を単純に把握できるうえ、グラフを操作してシミュレーションすることが可能になり、右脳思考で仮説を立てることができるようになる。

これとよく似た考えとして、ビジュアルシンキング図解思考思考の整理術などがあります。

4)仮説PDCA
フレームワークや視点、グラフ思考を使って組み上げたアイデアも、頭の中で考えてるだけでは本当にうまくいくかはどうかわかりません。

自ら立てた仮説を批判・検証し、もう一度立案し直し、さらによい仮説へとブラッシュアップしていく。そういう泥臭いプロセスも良い戦略作りには欠かせません。

#5 インサイトの力を磨くには、経験の積み重ねが必要不可欠。

よい戦略を立てるには、インサイトが必要。そして、インサイトを形作る要素としては、フレームワークと視点とあれとこれとがあって――というのは、まだスタート地点のお話です。

インサイトの力、すなわち、戦略脳を鍛えるには、経験の積み重ねがどうしても不可欠です。スポーツのように、理解したことを実際に試してみて、身体(頭)に馴染ませていくことで初めて、よい戦略体質が備わってきます。

#6 まとめ 戦略的思考とは、1)戦略の定石 + 2)インサイト。

ということで、戦略を考えるために必要なのは、戦略の定石と、インサイト。この両方が大切です。

・・・以上です。

一言感想

よかった!です。8年前の本ですが、今読んでも古臭さはありませんでした。


おまけ
今回まとめるにあたって著者が使ったのとは別のキーワード「フレームワーク」や「グラフ思考」を使いましたが、元々著者が使っていたキーワードも原文のまま、ここに載せておきます。

公式1 ユニークな戦略 = 定石 + インサイト
公式2 インサイト = スピード + レンズ
公式3 スピード = (パターン認識グラフ発想)×シャドウボクシング
公式4 レンズ = “拡散”レンズ + “フォーカス”レンズ + “ヒネリ”レンズ

著者が代表を務めるボストン・コンサルティング・グループのサイトはこちら。
BCG in Japan

2011/11/06

その数学が戦略を決める / イアン・エアーズ


その数学が戦略を決める」を読みました。

原題は「Super Crunchers」。副題は「Why thinking-by-numbers is the new way to be smart」。言うなれば、「スーパー分析屋:なぜ数字思考がスマートであるための新たな方法なのか?」といった意味合いのタイトルです。日本では4年前、2007年に出ています。

本書のテーマを一言であらわすなら、「IT×統計学」。「ITを駆使した統計学の応用」です。事例を豊富に挙げながら、まるまる一冊使って(400ページも!)、近年熱くなってきた「IT×統計学」の背景とインパクト、リスク、今後の展望などを語ってあります。

本書は事例の数や文章の量なんかもすごいんですが(笑)、特にすごいのはその「視野の広さ」。「IT×統計学でいろいろできるんです」という単純な紹介話ではなく、「IT×統計学は万能の道具で、すばらしいんです」という一方的な礼賛話でもなく。「IT×統計学というものがあってそのインパクトはすごいのだが、諸々の理由ですぐには広まらないだろう。使う上での注意点もある。でも、この大きな流れは止まることがないし、これからの専門家はこう変わっていくように備えておいた方がいいよ。」という、とにかく俯瞰した視点からの意見が展開されます。この書き方ができるのがすごい。

ただ、肝心の数式や実践プロセスがまったく書かれていないため、、、そのあたりを期待する理系読者には少し物足りないかもしれません。。。一般人向けの教養書としての割り切りですかね。

私は問題解決スキルの引き出しを増やす目的で軽ーい気持ちで読んだのですが、、、その重要性に驚かされました。本書を読んだいま「このトレンドは今後確実に世界を呑みこむだろう」と思います。もちろん、本書で述べられているような専門家の抵抗や政治、倫理的な問題はあるでしょうし、怒涛の勢いで広まる、なんてことはないでしょう。しかし、ここで語られる「IT×統計学」が社会全体に大きなインパクトをもたらし、専門家のあり方を変えていくのはまちがいなさそうです。

ジェット機のパイロットは、操縦支援システムの登場によりそのワークスタイルが大きく様変わりしました。それと同じように、21世紀は、「診断」と「意思決定」の専門家のあり方が大きく変わっていくはずです。

と思いっきり前置きが長くなりましたが、、、本題に。本書のエッセンスを以下、8文にまとめてみました。前置きが長い分、なるべくコンパクトに行きます。


#1 絶対計算とは、大量データを用いた統計分析

この本のテーマ「IT×統計学」のことを、本書では「絶対計算」と呼んでいます。

絶対計算とは何だろうか。それは現実世界の意思決定を左右する統計分析だ。

ITの発達によって可能となった、実データを大量に用いた統計分析「絶対計算」。これがさまざまな方面で使われるようになっています。政府や研究機関など一部の組織だけのものではなく、驚くほど広い領域でさまざまな組織が活用できる技術です。

ちなみに、絶対計算は「super crunching」の訳語です。この訳はちょっと誤解を招くような気が。。。


#2 絶対計算の主役は、回帰分析とA/Bテスト

絶対計算のツールとして本書の中でよく出てくるのが、2つのツール――回帰分析A/Bテスト(ランダムテスト)です。どちらも、統計学を学んだ人なら「なんだ、それか」と拍子抜けするような基本ツールかと思います(知らない方も、ちょっと調べてみればすぐわかりますのでぜひ)。簡単にいうとこんな感じ↓

回帰分析
あるパラメータが他のパラメータの変化によってどのように変化するかを数式に表す手法(あるパラメータ:従属変数、他のパラメータ:独立変数)。より詳しくは
回帰分析 - Wikipedia

A/Bテスト
実地でランダムに2つのパターン(AとB)を試して、両者の結果を比較する手法。ランダムにすることによって、(集合として)AとBの条件をほぼ同じにします。本書の中では「無作為抽出法」という名前が使われています。

本書では、回帰分析とABテスト以外にもうひとつ、ニューラルネットワークについてもちょっとだけ触れられています。


#3 絶対計算は、多くの診断・意思決定の場に使える

絶対計算は、非常に幅広い領域で診断、意思決定のサポートツールとして使うことができます。おもしろいのは、一見定量化できないような問題も扱えるという点です。定性的な情報も、うまく定量化・パラメータ化することにより統計分析の対象となります。ただしそこをうまくやるには「設計者」としてのスキルが必要です。


#4 絶対計算は、価格・売上の予測やマッチングなどさまざまな場面で使われる

本書で紹介されている事例にはこんななものがあります。

回帰分析の例
ワインの価格予測、野球チームのスカウト、出会い系サイトのマッチング、医療現場の病気診断、カジノ場の客が退席する時間の予測、ECサイトのリコメンド機能、映画の売上予測。

A/Bテストの例
Googleのウェブサイトオプティマイザー、教育手法の結果による比較。


#5 絶対計算は、人間の専門家よりも良い診断を下す

実際、絶対計算はどのぐらい役に立つのでしょうか? それを判断する材料も本書では提示されています。絶対計算と専門家を比較したところ、ほとんどの領域で「絶対計算>専門家」となったそうです。

(人vs.マシン研究136件に関する「メタ」分析の結果)専門家の予測が統計的な予測より明らかに精度が高いという結果が出たのは、136件のうちたった8件

ただし、ここでの「専門家」というのが、診断や意思決定の専門家にかぎられる点には注意が必要です。人間は診断や意思決定以外にも、仮説立案、設計、アイデア出しなどの創造的な作業を行えるため、絶対計算はあらゆる場面で専門家の地位を脅かすものではありません。

またこれは、「ほら、絶対計算っていいでしょ」という立場からのデータである点にも注意は必要です。


#6 絶対計算は、その威力ほどには浸透していない

絶対計算はその有効性の高さのわりにはさほど浸透していません。使われている領域はまだごくわずかです。原因としては、現場の人間(専門家)の抵抗、倫理的な抵抗、絶対計算を使いこなせる設計者人材の不足、などがあるようです。


#7 絶対計算は間違うこともある

絶対計算は専門家よりすぐれているという結果があるとはいえ、絶対計算は万能ではありません。一番の問題は、それを使う人間が生み出すエラーです。また、「仮説」を立てて「設計」するということは、今のところ人間にしかできない作業です


#8 これからの専門家の生きる道は「ハイブリッド型」

さまざまな場面で、今後、専門家よりも絶対計算の方が高いパフォーマンスを出せるようになっていきます。人間にしかできない作業というのはまだまだ存在しますが、専門家がこれまでと同じ姿のまま今後も生き残っていけるわけではありません

「診断」と「意思決定」の専門家は今後、支援システムに支えられたパイロットのようになるでしょう。ITを駆使しながら、ITが得意なことはITに任せ、人間が得意なことだけに自分は集中する。そんなハイブリッド型の専門家が必要になってくるでしょう。

一方、ITを駆使できない専門家の地位はどんどん下がっていくでしょう。

・・・8点、以上です。統計学の基礎知識に関するお話もありましたが、そこは割愛で。


感想

おもしろかったです。「IT×統計学」という切り口から、世界でいまどういうことが起こりつつあるのか、概観することができました。

著者が本書の中で
われわれはいま、馬と蒸気機関の競争のような歴史的瞬間にいる
という比喩を使っていますが、まさにそのとおりだなと感じます。主要交通機関が馬から蒸気機関に切り変わったのと同じような、人からITへの大規模なシフトがいままさに起ころうとしています。

おもしろいのは、これが診断や意思決定という(一見)高度な処理領域で起こっていることです。たとえば、医者や弁護士といった職業はいまは「先生」と呼ばれる社会的地位の高い職業ですが、その業務の中で大きな位置を占めるであろう「診断」や「意思決定」といった作業は実はアルゴリズム的には単純な(もちろん、単純=簡単ではありません)、どちらかというと人間よりもITの方が得意とする領域です。そこをITが担うようになったとき、「先生」という言葉はどういう人たちに向けられる言葉になるのかな、というようなことも、この本を読みながら考えました。

変化が求められるのは、医者や弁護士にかぎりません。ITは今後ますます人間の役に立ち、人間の役割を肩代わりしていきます。そのなかで、人間の本質的な役割はどこにあるのか? 人間にのみできる仕事は何なのか? そういったことを考えるいいきっかけをくれた本でした。

未来のことを考えると、ワクワクする一方で、ちょっぴり不安にもなります。

最後に目次も載せておきます。

目次
序章  絶対計算者たちの台頭
第1章 あなたに代わって考えてくれるのは?
第2章 コイン投げで独自データを作ろう
第3章 確率に頼る政府
第4章 医師は「根拠に基づく医療」にどう対応すべきか
第5章 専門家vs.絶対計算
第6章 なぜいま絶対計算の波が起こっているのか?
第7章 それってこわくない?
第8章 直観と専門性の未来
補章  革命は続く


おまけ
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