2013/12/31

2013年のベスト本


今年2013年に読んだ本のうち、特に印象に残っているものをあげてみたいと思います。


2013年はガクンと投稿数が減った昨年に輪をかけて投稿数の少なくなった一年でした。。読んだ本の数そのものは減っていませんが、今年は
  • 中小企業診断士やCSなど技術寄りの本を読むことが多かった
  • ブログではなく手書きのノートで咀嚼する方の比重が高くなった
ことがあり、結果このブログへの投稿数が減ってしまいました。

来年はもう少し数を増やしたいところですが、何より、ムリのない形でおもしろく続けていければと思います。

ということで。以下、今年の個人的振り返りを兼ねて、読んだ本のうち良かったものを手短にあげてみます。


森の生活 / ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

20世紀早々にエコロジーブームを先取りし、人里離れ森の中の暮らしを実験したヘンリー・デイヴィッド・ソロー。その書籍を一冊読んでみたくて手に取りました。

かなり分厚く文字が小さい本で、手にとったときたじろぎました笑

事件的なことは特に起こらず、ただ淡々と日々の暮らしや自然の姿が描写されるばかりです。でも、日頃無感動で見過ごしがちな自然や生活の姿も、観る目を鍛えればこうもイキイキと見えてくるんだ、という驚きが得られました。


グランドファーザー / トム・ブラウン・ジュニア 飛田妙子

今年私にやってきたインディアンブームの一環で読みました。

インディアンの伝統的考えを受け継ぐ「最後のインディアン」のひとり、グランドファーザーの生き方や考え方が綴られた一冊です。

日本人にとってインディアンは少し縁遠い存在ですが、その核となる価値観は古来の日本的価値観に驚くほど似ています。

キリスト教にもイスラム教にも、ヒンズー教にも学ぶべきところはありますが、インディアンにも独特の優れた世界観があり、学んでいきたい部分がたくさん見つかりました。

インディアンの生活ぶりを物理的に真似することはなかなか難しいですが、心の持ちようは学べそうです。


グランドファーザー本として、さくらももこさんの絵のシリーズもあります。


待つということ / 鷲田清一

読みたかった鷲田先生の本。ようやく読むことができました。再読かも。

出版されたのはもう数年前のことだったかと思うのですが、その後数年のうちに、スマートフォンやタブレット、リアルタイムSNSが広く普及し、僕も日々利用しています。ゆでがえるのように少しずつ、私は、待つということがますます苦手になりました。

この本で言われる「待つ」ということや「聴く」ということ。ただ「じっとする」ことの重要性はますます高まっているように思います。

鷲田先生が言わんとすることがわからず(文字通り「待つ」ことができず)読み飛ばしてしまったところもあるので、ときをおいてまた読みたいです。


オフィスにジョニーがやってきた。 / ほぼ日

これは本ではありませんが笑、しみじみ「あぁ、いいなぁ」と思えたのであげておきたいページ。

このジョニー・ウィアーという人は、オリンピックに出るほどの力を持っていながら、順位だけにこだわらず、より大切なものに気づいている、という感じの人です。

いい意味で若く、またいい意味で成熟しているすごい人でした。


ほぼ日刊イトイ新聞-Johnny Weir!!! オフィスにジョニーがやってきた。 Johnny Comes to Our Office.


図解雑学 孫子の兵法

孫子の兵法についてはビジネスの文脈で耳にすることが多かったので、改めて全体像を把握しておきたいと思い、この図解雑学シリーズを手に取りました。

読んでみた感じとしては、内容にはあまり感慨はなく「そういうものか・・・」という感じでした。ただ、孫子の兵法をおおづかみに把握できたという意味でこの本を読めてよかったです。

「孫子の兵法」の内容というのは、一言でいうなら「超合理性」。

戦乱の弱肉強食の世界でいかに生き残るか、ということ。そして、生き残るというのは「勝つこと」ではなく「負けない」、ということ。

負けずにサバイブすることを最上位の目的に据え、そのために、地理や気候、人間の心理、政治、生活ぶりなどあらゆるKSFを理解し活用せよ、というのがその教えの核心かなと思いました。

個人的に、孫子の兵法的考え方を取り入れたいとは思いませんでしたが、その視野の広さや結果志向の強さには学ぶところがありました。また、こういう考え方をよしとして、この原則のもとに行動する人たちが世の中にはいる、ということは、生きていく上で押さえておくべきかなと思いました。


世界にひとつのプレイブック

こちらも本ではなく映画です。妻の浮気がきっかけでかかった鬱病からの回復を目指す男性の物語。

話のテンポがよく、終始安心して楽しむことができました。

ドキドキハラハラ、ものすごく興奮!というわけではありませんが、ごく身近にありそうなモダンな物語で、共感どころ関心どころがたくさんありました。

ちなみに原題は「Silver Lining Playbook」。「明るい希望への脚本」というようなニュアンスでしょうか。

エクセルシオール!!



映画『世界にひとつのプレイブック』公式サイト


以上です。大晦日の今日、印象に残っていてスッと出てきたのはこのあたりでした。

今年も感謝すべきありがたい出会いがたくさんあった年でした。2014年もまた良い出会いがありますよう。

みなさまも良いお年をお迎えください。 Have a happy and healthy nice year!

2013/11/14

現代訳 無門関 / 魚返善雄訳


現代訳無門関」を読みました。サブタイトルは「禅問答四十八章」です。

無門関」と呼ばれる禅宗の有名な公案集があり(13世紀頃に書かれたものとのこと)、この本はその「無門関」の日本語訳版です。魚返善雄さんという文学研究者の方が1965年に書かれたもので、僕は2013年刊の新装丁版を読みました。


少し前から続けている座禅と仏教の勉強の一環で、禅宗の「公案」についても理解を深めたいと思い、読んでみました。


本の内容は、まえがきとあとがきを除けば、あとはそのまま無門関です。無門関の公案が原文付きで1から順番に48個紹介されています。


この本がすばらしいのは、なんといってもオリジナルの無門関のニュアンスが考慮されている点です。私はかつて漢文バージョンの無門関に挑戦したことがあるのですが、漢文があまりにも難し過ぎて、公案の難しさに対峙する前に漢文の難しさで心折られてしまいました(考えてみれば当たり前ですが・・・)。

その点、本書では原文の漢文としての難しさは取り払われており、それでいて公案としての味わいは失われず、さらに!日本語としても洗練されていて口語調なのに美しい!という、なんだかすごい一冊です。日本語訳にピンとこなければ原文にもあたれるという、なんとも隙の少ない感じです。

出版は1965年と今から半世紀も前に出版されたものだったので、「言葉遣いがちょっと古い感じかな」という懸念があったのですが、全くの杞憂でした。いい具合にくだけていて現代的な言葉で書かれていたので、発刊年を疑って著者紹介欄を二度確認してしまいました。


以下、感想に入る前に、禅の「公案」というものについて少しだけ。

公案」とは。公案とは、禅宗で使われる問答エピソードのことです。いわゆる「禅問答」のネタのことで、「昔々、禅僧のだれそれがこうこうこういうことをしました。それはなぜでしょうか?」といった形式の、ごくごくシンプルなものです。

例として、本書の中からひとつあげてみますと。

馬祖さまは、坊さんが「どんなのが仏で?」と聞くので、いうには「心でも仏でもない」
場祖・・・昔の禅宗のお坊さん

公案本体はたったこれだけ。字面だけ読むのならほんの数秒で終わってしまうようなものです。

でも、公案のポイントはただ読むことではなく、「なぜか?」を自分の頭で考えてみるところにあります。そのおもしろさは知ってみてのお楽しみ、ですが、最初から本にトライするのはあまりおすすめではありません。私の場合は禅寺での法話で公案について少し知っていたので、公案本もわりとすんなり読むことができました。その経験がなければちょっとつらかったかなと思うので(その経験があっても大半は意味わかりませんでしたが)、もしこれから公案本に取り組むなら、最初は禅寺の和尚さんに教えてもらうのがいちばんです。

公案についてもっと深く掘り下げたい場合は、Wikipediaの公案に関するページが参考になるかと思います。


ちなみに、日本の禅宗は大きく分けて2派——臨済宗と曹洞宗がありますが、公案を扱うのは前者の臨済宗だけで、曹洞宗の方では扱わないようです。臨済宗と曹洞宗にはこの他にもさまざまなちがいがあり、調べてみるといろいろおもしろいのでご興味があればぜひ。

以下、本書の感想と、本書をきっかけに思い出したことや考えたことをいくつかあげてみます。

わかったようなわからないような・・・

本書を読む前から公案にはいくつか触れてきており、考える上での方向性というか解法の切り口のようなものは少しつかめてきたつもりでしたが、本書を読んでみたら、やっぱりよくわからなかったです笑

これが公案のおもしろさでもあります。

公案によって得られるのは答えではなく・・・

なぜ禅宗では修行僧たちに公案を課題として課すのか。公案に取り組むと何がいいのか。公案のメリットは何か。今回この本を読んで、このあたりのことが少しわかったような気がしました。

公案は、答えを暗記すればそれでOK、というものではありません。むしろ、禅の公案に取り組むことで身に付くのは次のようなもののようです。
1)正解がわからないような問題について自分の頭で考える力
2)納得いく答えが得られずモヤモヤした気持ちを受け入れる力
3)この世の中に絶対唯一こうだと言い切れるものなんてないという認識

以下、順番に取り上げていきます(いずれの長文になってしまいました)。

1)正解がわからないような問題について自分の頭で考える力。世の中には、正解がパッとわかるような問題とそうでない問題とがあって、そうでない方の問題に取り組むのはなかなか骨が折れます。たとえば、今あなたが病気の診断をされて「あなたの余命はあと○年です。残りの時間を大切に使ってください」という投げかけがされたとき。残りの時間で何をするのか、どう過ごすのかには、唯一絶対の答えはありません。そうなったときに一人ひとり自分で自分なりの答えを見つけなくてはなりません。Google検索でも出てきません(出てくるかも)。どんなに慎重にじっくり考えたとしても、あとあと、最期の瞬間にその答えに納得できるか、というとその保証はありません。でも、刻一刻と時間は減っていくし、早く自分なりに答えを見つけないと——これは極端な例ですが、人生にはこの類の「正解がわからないような問題」が忘れた頃にやってきます。そういう問題に対峙したときに逃げ出すのではなく、誰かが考えた模範解答に飛びつくのでもなく、目をそらさずじっくりと向き合う。そういう力はきっと人生で役立ちます。公案で鍛えられる力のひとつはこういう力です。

2)納得いく答えが得られずモヤモヤした気持ちを受け入れる力。「モヤモヤを受け入れる」——これも公案で鍛えられるひとつの力かと思います。近代的な考え方では、問題は解決するもの、モヤモヤは解消するもの、という考え方をします。私自身、ビジネスの文脈ではロジカルシンキングや問題解決の技術が好きで好んで使います。でも、そういう主体的な姿勢では解決できずどちらに転んでも結局モヤモヤする問題や、そもそも解決ができない問題なんかも、長い人生の中では少なからず起こります。がんばって決断して行動を起こしても、あとから「あれで良かったんだろうか。どうだったんだろうか」とモヤモヤする。職場の仲間や大切な人の気持ちがわからなくてモヤモヤする。そういうときに、何でもかんでも解決/解消してスッキリしようとするのではなく、逆にモヤモヤをそのまま置いておく、というやり方があるよ。そういうことを公案は教えてくれます。公案には、学生の頃の計算ドリルや資格試験の問題集のように、最後のページの答え欄は載っていません。自分なりに答えを出しても、それがベストの答えのような、そうでないような、自信が持てない感じになります。西洋哲学の場合なんかは、自分なりに納得のいく答えが出せればある意味OK、スッキリ、という場合もありますが、公案の場合は「そもそも何が問われているのかわからない」笑ということもあるので、答えが出たような出てないような・・・という感じで、いいのか悪いのか、得られるモヤモヤ感はかなり高めです。こういうモヤモヤを受け入れることも、公案の意義のひとつなのでしょう。

3)この世の中に絶対唯一こうだと言い切れるものなんてないという認識。これも公案によって学べることのひとつです。無門関の公案のひとつに、「仏(仏性)とは何でしょうか?」と問われた禅僧が「クソかき用のヘラですわ」と答えるものがあります。仏教のお坊さんなんだから「仏とは何ですか?」と問われたら「何よりも尊いものです」的なニュアンスの答えが返ってくると期待したら、よりにもよって「クソかきベラ」笑。これは何も「仏なんて価値のないものですよ」という主張をしているわけではありません。このあたりが禅宗のおかしさのひとつです。人が日常生活をうまくやっていくうえで、「赤信号は止まれの合図」「熊は危険」などという「○○は○○」という認識の蓄積は不可欠ですが、でも逆にいえば、そういう認識の蓄積(=フレーミング)が人の世界の見え方を制約し、その人の喜びや悲しみ、生き方を決めるという面もあります。「当面の見方ではこう」というのは持ちながらも、「それは絶対唯一のものではなくただひとつの見方にすぎない」というメタな認識を持っておくことが、より柔軟でハリのある禅的生き方につながるように思います。

臨済宗=座禅+作務+公案・・・

乱暴にまとめてしまうと怒られてしまうかもしれませんが、、わかりやすくキーワードでまとめると、臨済宗=座禅作務公案、です。禅といえば座禅(瞑想)の部分だけ取り上げられることが多いようですが、本来はこのどれが欠けても不十分なもののように思います。もちろん、「全部を必ずみっちりやらないといけない!」なんてことはなくて取り組み方は人それぞれ、その人に合ったスタイルでよいとは思いますが、座禅だけ、作務だけ、公案だけではカバーできない部分がどうしてもあるように思います。このあたりはまたおいおいまとめられればと思います。

以上です。

一度読んではいわかりましたーという感じにはならなさそうなので、また読みたいと思います。意訳の部分が賛否わかれるところかなとも思いますが、良書でした。

カンフーとどうつながっているかはわかりませんが、趣味でムリクリつなげると
Don’t think, feel. It’s like a finger…




Everything is kung-fu.


ですかね笑

2013/02/28

海からの贈物 / アン・モロー・リンドバーグ


海からの贈物」を読みました。

原題はそのまま「Gift from the Sea」。

著者のアン・モロー・リンドバーグは、大西洋横断飛行を初めてなしとげたあの「チャールズ・リンドバーグ」の奥さま。なんと夫婦揃って優れたパイロットだった、とのことですが、この本ではそのパイロットとしての経歴には触れず、20世紀のアメリカに暮らすごくふつうの女性としての思索の跡が書かれています。

夫や子どもたちと少しのあいだ離れ、フロリダの海辺(このあたりのようです)の小さな家で休暇を過ごした著者が、その滞在の間か直後ぐらいに書いたのがこの本です。砂浜で見つけた貝殻をモチーフに、「人生」や「夫婦」、「人と人との関係」、「独りの時間」、「現代の女性の生き方」といったものについて語っています。

この本が書かれたのは1950年頃で、もう今から60年ほども前のことですが、著者の語りからうかがえる当時の時代背景は現代の日本ととても似ているように思います。
  • 個人が解放されて生活の自由度は上がったものの、生活は雑然としている
  • みんないろいろなものに忙しく、自分と語り合う時間を持てていない
  • 多くの人が過度に孤独を恐れ、隙間があればすぐに埋めようとし誰かと繋がろうとする

個人的に
  • 生活をできるかぎりシンプルに保つこと
  • 人といっしょにいる時間と独りで何かする時間とのバランス
  • 自分の頭で考えること
  • ときには何も考えないこと
といったことはかなり普遍性の高い(多くの人にとって有効な)「人生をよりよくしてくれるカギ」かなと最近思っているのですが、この本ではまさにそういうところのお話が書かれていたので、「そうそう!それそれ!」とたくさんうなづきながら読みました。

この本をどこで知ったのか、読み終わるときにはすでにそのきっかけを忘れてしまっていたのですが、、、共感しながら感心しながら、おもしろく読むことができました。

いわゆる「シンプルライフ」や「ミニマルライフ」、「リーンライフ」といったものや、夫婦の暮らし、家族の暮らしの話題に興味がある人におすすめです。どちらかというと、個別具体的な技術よりも、ベースの考え方に焦点が当てられた本です。


以下、よかった部分をいくつかピックアップしてみます。

人生に対する感覚を鈍らせないためになるべく質素に生活すること体と、知性と、精神の生活の間に平衡を保つこと、無理をせずに仕事をすること、意味と美しさに必要な空間を設けること、一人でいるために、また、二人だけでいるために時間を取っておくこと、精神的なものや、仕事や、人間的な関係からでき上がっている人間の生活の断続性を理解し、信用するために自然に努めて接近することなどであって、いわば、そういう幾つかの貝殻である。
生活するということにも技術があって、恩寵を求めるのにも技術があるとさえ言える。そしてそういう技術を習得することもできる。
そういう相反した方向に働く幾つもの力の作用にさらされて、平衡を保っているということが私たちにはどんな困難なことだろうか。またそれにも拘らず、それは私たちにとってどんなに大切なことだろうか。宗教生活で常に説かれる不動ということは、私たちにはどんなに得難くて、そしてまた、なんと必要だろうか。瞑想家や、芸術家や、聖者にとっての理想である内的な平静、また曇らない眼というものは、私たちにいかに望ましくて、そして私たちから遠いことだろうか
どれだけ少ないものでやっていけるかで、どれだけ多くでではない
凡ての先駆的な運動ではそうである通り、獲得したものの使い方は、後からくるものの課題に残された。
(中略)
私たちは自由な時間を得て、それで私たちの泉に水を漲らせる代りに、寧ろ泉を涸らしてしまうことのほうが多い
1日、或いは1ヶ月、或いは1年のうちの一部を私の子供たちの一人ひとりと二人だけで過せたら、と考える。そうすれば、子供たちももっと幸福で、丈夫になり、そして安心するから、結局はもっとしっかりしてくるのではないだろうか。
中年というのは、野心の貝殻や、各種の物質的な蓄積の貝殻や、自我の貝殻など、いろいろな貝殻を捨てる時期であるとも考えられる
浜辺中の美しい貝を凡て集めることはできない。少ししか集められなくて、そして少しのほうがもっと美しく見える。つめた貝は1つある方が、3つあるよりも印象に残る。空に月は1つしか輝いていない。

・・・以上です。


この本がきっかけで私は、当分行っていなかった海辺に自転車で散歩に行きました笑。まだ風が冷たい時期ですが、久しぶりに海にいくのも、いいものです。


おまけ
Gift from the Sea - Wikipedia
Anne Morrow Lindbergh - Wikipedia

2013/01/25

マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男 / マイケル・ルイス


マネー・ボール」を読みました。

原題も日本語版と同じ「MONEYBALL」。副題は「The Art of Winning An Unfair Game」です。日本語でいうと、「不公平なゲームで勝つ技術」といったところでしょうか。

内容は、「野球」と「数値分析」をテーマとしたノンフィクション小説です。

舞台は2000年過ぎのアメリカ・メジャーリーグ。資金力に欠ける貧乏球団オークランド・アスレチックス。そのアスレチックスを数値分析の力を使って弱小球団から一流球団へと変貌させた実在の人物、ビリー・ビーンの物語です。

この本を一本の数式で表す(笑)としたら

マネーボール = 野球 × 数値分析 + 選手たちの悲喜こもごも

私は「数値分析」の側面に惹かれてこの本を手に取りましたが、登場人物たちの人生の物語などもおもしろく、読んでいて何度も鳥肌が立ち、目頭が熱くなりました。熱いです。

位置づけとしては、「その数学が戦略を決める」(Super Crunchers)で話題となった数値分析の適用範囲の広さと絶大な威力を、2000年代初頭という早い時期に紹介していた一冊。ワクワク&感動しながら、同時に(分析好きな人なら)知的刺激も味わえるという、とてもおいしい一冊です。OR(オペレーションズリサーチ)好きな方におすすめしたい一冊です。

2011年にはブラッド・ピット主演で映画化もされました。映画版予告編はコチラ。


余談ですが、、、私は、「マネーボール」というタイトルから勝手に、この作品を「お金を唯一の行動原理として、カネの力で野球の世界をグチャグチャにかき回したカネの亡者たちのお話」(笑)だとばかり思っていました。「ブラッド・ピットもそんな役よくやるなぁ」と思ってましたが、全然ちがいます。

感想

アスレチックスのGMビリー・ビーンは、データ分析から導かれた統計的事実をもとに、それまで支配的だった「打率重視」「防御率重視」な野球の考え方を捨て、チームの勝利にとってより重要な「出塁率」や「奪三振数」を重視するようなチーム文化を作り上げます。

詳細は割愛しますが彼らの理屈によると、メジャーリーグの野球では
・打率や打点 よりも 出塁率重視
・盗塁・バントによる進塁 よりも アウトカウント重視
・投手の防御率 よりも 奪三振数・フォアボール数重視
にした方がゲームに勝つ確率が高まり、勝利数が増えるとのこと(もちろん、対象はかぎられているので、これが野球全般にあてはまるというわけではありません)。

本書では、これらの最終的な結論だけでなく
なぜそんな結論が導き出せるのか
・その事実を認めた上で、では、「野球というゲーム」をどう再定義すればいいのか
といった部分にまで丁寧な説明がなされています。特に「野球を再定義する」なんていうのは、ものすごく野心的でおもしろいところです。

本書の中で最も印象的だったのは、莫大なお金が動くアメリカプロ野球界の中であっても、この程度(単純な相関分析・回帰分析程度)の数値分析さえされていなかったあるいは、ずっと黙殺され続けていた)、という事実です。これが50年、100年前の話というのならまだしも、今からたった10年前のお話だというからなお驚きです。

データ重視のスタイルとして野村監督の「ID野球」ということばなんかもありますが(IDとはImportant Dataの略だそうです)、それがわざわざ「ID野球」と名づけられるということは、そうでない野球(スタイル)はどんな野球なんだろう、と不思議に思ってしまいます。

この歴史的な結果だけを見ると、私はついつい「こんなんエクセルあったらすぐにできたやろー!!」笑だなんて思ってしまいますが、、これはただデータを分析すればよかったということではなく、旧体質の体育会系の組織(?)の中で長年根付いてきた文化や常識に異を唱え、バカにされ嘲笑されながらも関係者たちを一人ひとり説得していく、という気の長いプロセスがその裏にはあったのでしょう。それを想像すると、ものすごく骨が折れる大変な仕事だったんだろうなぁと思います。まさにコロンブスの卵。


このようなデータ分析の技術は少しずつ身近なものになってきて、いまは主に大企業のビジネスだけで使われますが、中小企業やふつうの人々の生活の中にも徐々に取り入れられていくのでしょう。たとえば、正確過ぎて子どもとその家族の夢を殺ぐような子どもの適性診断やマイノリティリポート(犯罪者の事前予測)の世界が実現するのも、もはや時間の問題、なのかもしれません。

私たちはいままさに、「その数学が戦略を決める」のイアン・ダンバーが言ったような歴史の転換点――
馬と蒸気機関の競争のような歴史的瞬間にいる
のでしょう。そのことを正しく認識し、次の時代へと備えられたら、多くの人にとって人生はより楽しくなる、のかも、しれません。

ピックアップ

オークランド・アスレチックスの戦略の要となる選手トレードの心得を最後にピックアップしておきます。「選手」を会社や自分の持ち物(資産)と置き換え、「メディア」を世間と置き換えると、日々の仕事や暮らしにそのまま応用できる普遍的な教えになっています。

  1. たとえ現状でうまくいっていても、改善はつねにプラスになる現状維持などしょせん不可能。(略)
  2. はっきりと必要に迫られてしまったら、すでに手遅れ。条件が悪くても、のまざるをえなくなる。
  3. うちにとって各選手がどれぐらい価値があるのか、正確に把握せよ。正確にわかっていれば、きめ細かく値段をつけられる。
  4. 自分たちが本当に必要とするものを探せ(相手が売りたがっているものに釣られるな)。
  5. どんな取引をしても、メディアはどうせ好き勝手に騒ぎたてる。

おまけ
Wikipediaのマネー・ボールのページには豊富な解説が載っています。よろしければ!
マネー・ボール - Wikipedia

2013/01/05

2012のベスト本3冊

2013年、新しい年が始まりました。

2012年の1年間は診断士の勉強その他の事情でこのブログの投稿数ががくんと減ってしまいましたが、いまの見通しでは、2013年はもう少し多めに投稿できるかなと思います。

とはいえ。
Reading, after a certain age, diverts the mind too much from its creative pursuits. Any man who reads too much and uses his own brain too little falls into lazy habits of thinking.
ある年齢以上になると、読書というのは人の精神をクリエイティブな探求から遠ざけるものとなる。本をたくさん読みすぎて自分の頭をあまり使っていない人は、ぐうたらな思考習慣に陥ってしまう。
――アインシュタイン
というアインシュタインのことばにも一理あるなぁとこの頃は思うので、あまり「みだり」に読むことのないように、去年以上にしっかり選んで読んでいくようにしたいと思います。

今年も、去年と同じく昨年(2012年)出会った本の中で特によかったものを集めてみました。

マイベストは次の3冊でした!
  1. 自省録 / マルクス・アウレーリウス
  2. フロー体験入門 / ミハイ・チクセントミハイ
  3. NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 / マーシャル・B・ローゼンバーグ

自省録 / マルクス・アウレーリウス


2世紀頃に活躍したローマ帝国の皇帝、マルクス・アウレリウスがつづったメモ集。

皇帝としてよく生き、よく治めるにはどうすればよいのか。「道」を模索し探求し続けた皇帝マルクスが自分と対話し自分をいましめたことばたちが載っています。翻訳の技術によるところもあると思いますが、1900年も前に生きた人のことばとは思えない、イキイキとした感じが文面にあふれていました。

皇帝であってもおごらず、自分に与えらえたものに感謝し、一度きりの人生をめいっぱいに生きようとする。その姿勢に感動し刺激を受けました。

自省録 / マルクス・アウレーリウス

フロー体験入門 / ミハイ・チクセントミハイ


20世紀・21世紀を代表する偉大な心理学者のひとり、ミハイ・チクセントミハイが書いた「フロー体験」の解説本。

伝統的な心理学研究が、どちらかといえば病気や障害といった「負」側のものを多く扱ってきた中で、ミハイ・チクセントミハイは「幸せ」「生きてて最高と思える瞬間」(peak experience)という「正」側のど真ん中にあるものに注目してきました。

その取り組みの中で得た最大の発見が、彼が「フロー」と名づける体験(flow experience)。これは、挑戦しがいのある「ほどよい難しさの課題」に「集中」しているときに人が感じる「没頭した状態」のこと。この「フロー」こそが、生活の中でより多くの喜びを得て、人生をより充実させるためのKSFであることをミハイは指摘しました。

個人的には、いま、本当に心から参ってしまうほどの生活上の「不便」というのはありません。多少の不便はあっても、「そりゃあ、生きてたらこれぐらいのことは最低限しないとね」と思えるようなことがほとんどです。その意味で、現代の日本に生きる私は、おおむね快適な暮らしをさせてもらっています。そんな「特に解消すべき不便という不便がない場合」に、生活の質をさらに向上させるというのは、なかなかカンタンなことではありません。。。私が思いつく手っ取り早い方法は「経済的なぜいたくをすること」――旅行、買い物、食事、ガジェット遊び、ぐらい。。。

その認識止まりだったのが、「フロー体験」や「ポジティブ心理学」と出会い、それらを学ぶことで大きく変わりました。不便を解消する便利なものが次々と生み出され、生活上の不便が日に日に少なくなっていく現代において、この「フロー」というコンセプト・考え方は、「健康」や「愛」に並ぶくらい大切なポイントになると思います。

フロー体験入門 / ミハイ・チクセントミハイ

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 / マーシャル・B・ローゼンバーグ


「NVC: Non Violent Communication」(非暴力的コミュニケーション)という考え方を紹介した本です。日常の中で人が知らず知らずのうちにやってしまう、人を傷つけ損なうようなコミュニケーション。そういうものに意識を向け、「思いやりのあるよりよいコミュニケーションをしよう」と提案する一冊。

私が大人になってからつくづく思った(笑)のが、この世の中、悪意をもってなされる「意識的な暴力」よりも、悪意なくなされる「無意識の暴力」の方がタチが悪いなぁ、ということ。発する側にとっては暴力でも何でもないものが、受け手にとっては鋭い刃になっていることが世の中にはたくさんあるんだなぁということに気づきました。

でも、特殊な例外を除き、人が人を「あの人を傷つけてやろう!」と強く思うことなんてそうそうありません。

なのに、現代人のいちばんの悩みの種といえば「人間関係」。。。誰も人に嫌がらせをするつもりじゃないのに、傷つけるつもりじゃないのに、多くの人がコミュニケーションの暴力を受けて苦しんでいる。このちぐはぐな現象の裏には、とても大きなディスコミュニケーション、無意識の暴力があるにちがいありません。

・・・と気づいて、いざ行動を変えようと思っても、私は何から始めればいいかわかりませんでした。よいコミュニケーションをしたいと思っても、「具体的に、何をどう変えればいいんだろう?」という疑問の前に立ち止まり、突発的に高まる思いはいつもゆっくりと冷えていってしまいます。

そんな状態で立ち止まったときに次の一歩への足がかりをくれるのがこのNVCの考え方です。

まずは「観察」「感情」「ニーズ」「欲求」という4つの要素からなるフレームワークによって、自分と他者、コミュニケーションを俯瞰すること。そして、それを使って意識的に実践し続けていくという道をNVCは教えてくれます。

実践レベルはまだまだですが、こういう観をなるべく日々持って暮らしていきたいと思っています。

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 / マーシャル・B・ローゼンバーグ


・・・そのほか、このブログには取り上げる機会がありませんでしたが、次の本なんかも、特に良かったです。
  • 勝ち続ける経営 / 原田泳幸
  • 会社は頭から腐る / 冨山和彦
  • 最新脳科学で読み解く0歳からの子育て / サンドラ アーモット サム ワン
  • ごきげんな人は10年長生きできる / 坪田一男

以下、少しずつ。

勝ち続ける経営 / 原田泳幸
日本マクドナルド社長、原田泳幸さんの本。マクドナルドの前には日本Appleの社長も務めた方で、当時は「マックからマックへ」などと話題になったそうです。

この不景気といわれる時代の中、マクドナルドのような規模の外食の企業が、不振の時期から抜け出て、年々成長し続けるモデルを作り直したというのは驚異的だと思います。

個人的には、原田さんがApple時代に身につけたであろう、選択と集中の実践、デザイン戦略、「学習と成長」や「内部プロセス」を重視するやり方などがおもしろいと思いました。タイトルはちょっとアレですが、ロジカルに、そして実践的に考え抜くApple流・原田流経営のあり方を垣間見ることができます。


会社は頭から腐る / 冨山和彦
産業再生機構のCOOとして活躍した冨山和彦さんの本。

企業というのは結局はただの人の集まりであって、そこには必ず集団としての安定化(安定平衡)のメカニズムが働いているものです。そんな企業に対する「再生」や「再建」なんて、言葉に出して言うのはカンタンですが、それを実際にやるというのは、なんだか、命を削ってやるような仕事なんだろうなぁと、この本を読んで感じました。

会社には人の「思い」があり、家族の「人生」があり、積み上げてきた「歴史」があり、で、なんといいますか、医者が病気の患者さんに共感し涙を流してばかりいても仕事にならないのと同様に、企業を組み換えるような仕事も、ある意味感覚を鈍らせないと仕事にならないのかもなぁ、と思いました。。

リストラの過程で、長年コツコツとがんばってきた「誠実そのもの」といえるような社員さんに損をさせるような決断も必要でしょうし、全体最適のつもりでやったのに一部の人だけが得をする汚い仕事の片棒を担いでいただけ、ということもあるでしょう。

なんだか、大変だなぁ、、と。ともあれ、知力の面、意思エネルギーの面、倫理観の面、いろんな側面から見て「日本にはこんなにがんばっているビジネスマンがいるんだ!」ということに元気とやる気をもらえました。


最新脳科学で読み解く0歳からの子育て / サンドラ・アーモット サム・ワン
「発達心理学」×「脳科学」な一冊。タイトルには「0歳からの」とあり、本の表紙にも赤ちゃんが載っていますが、赤ちゃんだけを対象としたものではなく、赤ちゃんがおなかの中にいるときから成人するまでと、広いレンジのお話が載っています。

人が成長していく過程で、脳や心の面ではどのような変化が起こるのか、成長にとってよいのはどういうことなのか。そういったことがいろんな角度から紹介されています。

大人・子どもを問わず、仕事・プライベートを問わず、人が人を「罰」「ムチ」によって「しつけ」ようとする前近代的な光景は、21世紀になった今でもよく見られます。そういった「罰でしつけ」的なやり方は、この本で紹介されているような発達心理学や脳科学、行動分析学の知識を少し身につけるだけで、倫理面から見て不適切なだけでなく、効果・効率という面から見ても全然ダメなんだということが納得して理解できるので、一人でも多くの親、マネジャー、人の成長に関わる人たちに知っておいてほしいところだと思います。

人の成長や人の脳に備わった癖なんかに興味がある方には、著者らの前著「最新脳科学で読み解く脳のしくみ」もとてもおすすめです。


ごきげんな人は10年長生きできる / 坪田一男
現役の医者の先生・坪田さんが書いた医学+ポジティブ心理学な一冊です。

最近は新書はあまり読まないことにしていますが、サブタイトルに「ポジティブ心理学」とあったので手に取りました。

著者はポジティブ心理学の専門家ではありませんが、医者ならではな視点から、日本の一般人向けにとてもわかりやすいことばでポジティブ心理学を紹介してくれています。

ビジネスでもその他の生活でも、日ごろの健康管理が欠かせません。「健康管理」には2つのパートがあり、ひとつは、「カゼをひかない」という「マイナスを0に」という面、もうひとつは「よりよいパフォーマンスを発揮するコンディション作り」という「プラスをもっとプラスに」という面。

この両方の面を見据えて健康管理に取り組もうというときに、この本は多くのヒントを与えてくれます。軽く読める新書ですが、物質面、精神面の両面を見渡したバランスのよい健康意識を獲得するうえで、とても役に立つ本だと思います。


・・・以上です。


2013年は、電子書籍やウェブ上の読み物にも、ぞくぞくと紙の本以上にいいものが出てきそうですね。今年もよい読み物、よいアイデアと出会えますことを。